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( かみさまのやさしさ ) 落ちてきた痛みに顔を歪めた。 ひどく鈍い痛みはじんじんと長く体の中に居座った。重たい体を起こすと腹部が痛んだ。ソファに座ったままこっちを見ている相楽はにたにたと玩具をみるような目で見下していた。全てがくだらないものに見えるらしいその瞳は、常に深い黒で覆われている。漆黒の闇、というより澱んだ闇だな。みにくい。 「神楽、いたい?」 「あたりまえだ。ばか」 蹴られた腹を擦りながら軽く鼻で笑うと、つまらなさそうに目を細め、爪を弄りだした。長い睫毛が頬に影を落とした。きれい。 「ふーん。神楽はいたくないかとおもってた」 随分失礼なことを云う。人のことをアンドロイドとでも思っているのか。痛いもんは痛いしそれはひとなのだから当たり前だ。この体に流れるのはオイルじゃなくて真っ赤な血だ。でもそれは、生き物に流れている赤いものが血だとすれば、機械に流れるオイルもそんなものだろう。それなしに動くことは出来ないのだから。そうなると、生き物もアンドロイドも大差無いのじゃないか。 (あ。いきものには、かんじょうがあった) 機械にはないものだ。入力されたとおりにしか動けない精密で哀れなガラクタ。昆虫や動物なんかは本能的な感情しかない。食べること、生き抜くこと、ヤること。そんだけじゃないのか。愛することなんて、出来ないだろう。愛しくて胸を焦がすなど、ひと以外に持つのだろうか。多分、というか絶対、もたないだろうな。そうだとしたら、おれは、ひとなのだろうか。愛しいなんて、分からない。 「神楽あ」 「ん、なに」 俯いていた顔をあげると、すぐそこに相楽の顔があった。「目と鼻」の先ってこういうときに使っていいのだっけ。まるい瞳が闇に濡れていた。光の加減でいろが変わるんだよ、と云われたときずっと覘きこんでいたことがある。そのとき、相楽の瞳はちいさくきらりと揺れただけだった。 「な、んだよ」 少し驚いて後退りすると、にたあといやらしく微笑んで強く腕を引かれた。その時に、おれの服の裾から、白く細い傷が見えた。 相楽はおれが嫌がることをするし、驚くことをする。そして理解できないことをする。 引かれた腕は体を動かして相楽の座っているソファまで引かれた。相楽の上に倒れこむようにして体を落とすと、そのまま細い腕に抱きしめられた。だから、意味わかんないって。 「……相楽、」 「んん?」 「何がしたいんだ」 おとこの胸板に顔を埋めて何がいいんだか。腰に回した手を放す様子はいっぺんもなく、それどころか加わる力は増していった。とりあえず相楽の頭をなでてやると「あは、」とだらしなく笑った。 …何なんだ。 「かぐら」 「……なに」 「いっちゃだめだよ」 「な、にいって、」 闇がおれを見据えている。捉えたものを離さないようにしっかり捕まえて、そのまま縛ってしまうように。絡め取られた体は誰のもの。だんだんと冷えていく頭は、酸素が通っていないみたいでくらくらした。腰に回されていた手が段々と上がっていって両頬を包み、自然とおれは相楽に近くなった。(どうして、止めるんだ。相楽、) 「やだから。神楽、やだよ」 感情の篭っていない言葉で淡々と話す相楽は、いつも通りの表情なのに、瞳の奥が揺れた気がした。瞬く間に星が堕ちるように、ぱちりと瞬きするともとに戻っていた。相楽が揺れたのはおれが居なくなるから?ちがう。(だって、おまえは、あいしてないだろう)。 ああ、くだらない。 すとん、とその場に座り込んだ。体のちからがなんだか抜けてしまった。のうに酸素が回らなくなったみたいにぼう、としている。酸欠。ノウサイボウが死んじまうな。 おれの両頬を覆っている掌は少し汗ばんでいた。今度はおれが見上げるような形になると、相楽はふへ、と笑った。怖い。 愛しいというのは、こういうことなのか。知らない、知りたくない。おれは、求めた果てを知っている。母親もそうだった。愛して愛して、それで、捨てられた。醜い最期だった。焼身自殺なんてまったく笑えない。そんな風に最期を迎えるなんていやだ。どうせ愛しても果ては来る。永遠の愛なんて、誰が云ったんだろうな。そんなもの証明できるものなんて何処にもないのに。信じることなんて、どうやって。自分を、信じられないのに。 手首を切っても死なないことは分かっていた。それでも自分を追い詰めた。死ねない自分が苛立たしかったし、相楽をあいする自分が怖かった。流れる血は白い床を汚して相楽の白い手も汚した。それが、ひどく、きれいだった。(相楽は、切ることを否定しなかったし、肯定もしなかった。でも、流れる血を見てかなしそうに笑った。そして、傷口に、いつもキスをした)(おれは、それがとてもこわかった) 「神楽、神楽、」 呼ぶ声はただ心地よかった。覆う掌を濡らしたのは、おれのいのち。零れて落ちて、そのまま消えてしまえばいいのに。硝子玉より儚くて、地球の命より大きい。個人が与える影響は、小さいようで大きいんだな。そう笑ったのはいつだったか。 月に祈りを捧げることも、星に願いを乗せることも、なんてくだらない。望むのは灯した蝋燭の火より強く、堕ちてくる星より脆く崩れたいだけ。壊すのなら、どうか、その手で。 近付く相楽の顔は、ひどく優しかった。( その優しさが、おれを殺すよ ) |