ちゃぷん、ちゃぷん、と水の揺れる音がする。身動ぎする度に水面が揺れ、浮いている体が沈みそうになる。衣服が水を含んで重たいんだ。やっぱり脱げば良かったかもしれない。ぼんやりと片隅で思う。
冷たい水に沈んでゆくのは心地良い。ゆっくりと酸素を失って呼吸を忘れ、人であることも忘れてしまいそう。呼吸をするという、陸に生きるもの全ての枷を捨て、何になろうか。何でもなれる気がする。
そうっと目を閉じれば、重い目蓋に焼きつくような月光を想い出す。下からみるひかりは、なんてうつくしい。
うっとりと目蓋を閉じ空想に思いを馳せる。ちゃぷん、と小さく波を立て僕は沈む。きっと誰にも気づかれず眠ったまま死んでゆくんだ。なんてうつくしい死。理想な死。腰を折り、仰向けに沈みゆく僕は目一杯手を伸ばす。厚い水の壁の向こうに見える月が、幻のようで恐ろしくなった。
幻の世界で僕は一人。独り?惨めな死。心地良いのは、どうして。


「スウ!」
ざぶん、と大きな波を立てて誰かがプールに飛び込んだ。そいつは僕の腕を強く引く。腕の先にある体を強引に抱きとめ頬を両手で包む。掴む、が近いかも。急に体を引かれ、鼻に水が入った。咽る僕を気にもせず顔を無理やり上げさせる。むかつく、おまえ。
「ばかスウ!なにやってんだよ!」
「む、せてる、」
「そうじゃなくて!」
必死に話すイーはこのプールの持ち主で僕のともだちでこいびと、と呼ぶには幼いかもしれない。でもそんな感じ。キスもするしたまにはセックスも。僕はあまり好きじゃないけど、イーは好きみたいだ。あれってばかになりそうだから嫌い。
「スウ、大丈夫か、」
「だいじょぶ。それより、離して」
べったりとひっつく服も嫌だけど、それよりイーの手が嫌だった。生温くて水に濡れてて、やだ。やっと頬を掴んでいた手が離れて体が自由になる。けほ、と小さく咳き込むとイーは眉を顰めて嫌そうな顔をした。
「おまえ、何してたんだよ」
「べつに。ねてただけ」
水中で寝るなんて出来るわけない。そんなことができるなら僕は人じゃないんだろうな。でも、そっちのほうが、ずっとよかった。
「……うそつけ、ほんとはちがうだろ」
死のうとしたろ、と言ったイーは自分で口にしたくせに至極苦しそうな顔していた。
僕より頭一個分高いイーは僕を見下ろすような形で見つめる。黒い瞳と黒い髪の向こうに金色の光が見える。それが、イーが光ってるように見えて、眩しい。
ふう、と息を吐いて髪を掻き揚げる。額に触れる風が気持ち良い。
「なんだ、わかってるんじゃない」
「っ、おまえ!」
ばしゃん、と大きな水飛沫を上げた。イーが水面を叩いた。拳は震えていて唇は白くなるほど噛み締めていた。僕はなんとなくたまらない気持ちになってイーの首に腕を回した。ぐっちょり濡れてる服は気持ち悪いけど、イーと触れ合うのは嫌じゃない。
「ねえ、イー、おこらないでよ、」
僕はきみがすきだよ。ねえ。
静かな夜の中で水の跳ねる音が木霊する。どくん、どくん、とどちらのものか分からない心臓の音が聞こえた。ような、気がした。
イーは震える拳を解いて僕の背に手を回した。ああ気持ち悪い。早く脱いでしまいたい。
「スウ……」
静かに僕の名前を読んで回した腕に力をこめるイーは、なんだか祈っているようだった。ばかだなあ。一体何に祈るって云うんだい。神さま?おかあさま?グランパ?それともぼく?どれにしても、君は愚かだよ。祈るものなどいらない。いらないよ。
けれど、もし、もし願うなら最後に眠りを貰ってよ。そうしたら一緒に眠ろう。昼間は駄目だよ。暑くて溶けてしまうから。そう、今日のこの夜みたいに、静かで世界の終わりみたいな日にさ。ねえ、イー、いいと思わない?ねえ

「おやすみ、イー」




午睡する夏
(冷たい水の中で抱き合うのもキスをするのも、とても素敵だよ。)